体の「痛み」を慢性化させる2つのシナリオ

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慢性の頭痛をはじめ、慢性腰痛、慢性の肩こり、膝痛、股関節痛、胃痛…など、慢性の「痛み」で悩んでいる人は多いのであります。

また、慢性ゆえに悩みも深刻であります。

皆さんは尿管結石(尿路結石)というものをご存知でしょうか。

三大激痛と言われ、ジッとしていられないほどの激痛が腰や背中に走るのであります。

私はこの尿管結石(尿路結石)を3度ほど経験したのですが、どんなに痛みが激しくても半日も横になっていれば「治ることがわかっている」ので3度目などは「ああ、またか」などと冷静に思えるほど心に余裕があったのであります。

また、急性腰痛(ぎっくり腰)になった時なども、どんな激痛が走っても「今回はどの方法で治そうか」などと心の中は呑気なものであります。

なぜなら「すぐに治ること」がわかっているからであります。

腹が決まれば不思議なもので「痛み」は消え、近づかなくなるのであります。

私にとって三大激痛である尿管結石(尿路結石)よりも辛い病気が逆流性食道炎でした。

毎日、吐き気と胸焼けで1日が始まるのであります。

この状態が半年も続くと気が重くなり、いつまで続くかわからない不安と苛立ち、焦りで、どんどんマイナス思考になっていくのであります。

検査をしても異常なし、薬を飲んでも変化なし、気力だけがそぎ落とされていく暗い日々でした。

肉体的に耐えられる症状でも、毎日続くと心が耐えられなくなるのであります。

慢性の症状というものは症状による辛さはもちろん、精神的なダメージも大きいのであります。

慢性疼痛の謎

人の体を構成する細胞の数は60兆とも30何兆とも言われ、90日で肉体の全細胞が入れ替わるとすれば毎秒、数百万の細胞が生まれ変わっていることになります。

髪よ伸びよ、爪よ伸びよと念じなくとも髪や爪は伸びるのであります。

我々の肉体は毎分、毎秒、新陳代謝を繰り返し、数ヶ月で別の肉体に生まれ変わっているのです。

肉体だけを見れば別人であります。

本来、別の肉体、新しい肉体が何年も痛いということはないのであります。

ここに「痛み」を継続させ、慢性化させる「変わらない何か」の存在を認めるのであります。

仮に、新生した細胞に「痛み」の原因があるのであれば、細胞を「痛み」が発するように再生させた「何か」があるはずであります。

その「何か」とは心の緊張であり、不安、恐怖、怒り、悲しみ等の陰性の感情であり、「痛み」の暗示、「痛み」の観念であります。

「痛み」を意識的に、無意識的に捉えて離さない心、執着心、引っかかっている心であります。

「痛み」の一次的慢性化と二次的慢性化

「痛み」の一次的慢性化

「痛み」は体の緊張であり、体の緊張は心の緊張であります。

そして、心を緊張させるものはストレス(刺激)により発する感情であります。

ストレスと一口に言っても、急激な環境の変化によるストレス(結婚、離婚、引越し、転職、退職、死別…)によるものもあれば日常的なストレス(仕事への不満、人間関係、家庭の問題、経済的問題…)もあります。

これらのストレスにより発した心の「痛み」(不安、恐怖、怒り、悲しみ等の陰性の感情)が一定期間続くと肉体の「痛み」となって現れるのであります。

多くは時間の経過や環境の変化、思考の転換により感情も変化し「痛み」も消えるのでありますが、意識的に、無意識的に捉えて離さない心、執着心、引っかかっている心があると慢性化するのであります。

顔を見るたびに腹が立つ、プライドを傷つけられて悔しい、絶対に許せない、憎いなどという感情は自分の為に一刻も早く放つべきであります。

上記のような例を仮に「痛み」の一次的慢性化とすると、「痛み」の二次的慢性化とは「痛み」そのもののストレスによるものであります。

「痛み」の二次的慢性化

「痛み」そのもののストレスとは「痛み」に対する不安、恐怖、怒り、悲しみ等の陰性の感情であります。

「痛み」における無意識・暗示・観念の影響力という記事で詳しくお伝えしたように、私たちの日常生活は「痛み」と陰性の感情を結びつける暗示で溢れています。

原因不明、老化現象、進行性、遺伝などは暗に「治らない」ということを連想させる強い暗示であります。

「痛み」を慢性化させる為の呪い、呪文であります。

本来、これらの言葉は単に医師が「私にはわからない。」という意味で使っているのであって「治らない」という意味ではないのであります。

「私にはわからない。」と言っておきながら「あれをしなさい、これはしちゃいかん。」と行動を制限するのも不思議な話でありますが、行動を制限するというのは行動を縛ると同時に思考を縛るということであります。

行動と思考を縛られると「痛み」というものを常に心のどこかで意識しなければならないのであります。

「痛み」を避ける行動、「痛み」のためにする行動が常に「痛み」の不安を刺激するのであります。

 

「膝や股関節の軟骨は再生しない。」
「軟骨をすり減らさないように…」
「軟骨がこれ以上すり減ったら人工関節を検討してください。」

と言われて行動、思考が縛られれば不安は増幅し、安静、活動障害による可動域の減少、さらなる不安を招き「痛み」は慢性化するしかないのであります。

数年前までは腰痛の原因はヘルニアであると信じられていました。

「ヘルニアが原因です。」
「腰に負担をかけないように…」
「これ以上悪化したら手術を検討してください。」

今ではこんなことを信じている人はいないのでありますが、数年前までは「常識」でありました。

骨の見た目と「痛み」は関係ないのであります。

膝や股関節、腰の構造は違いますが、問題は「痛み」であって骨や軟骨を治したい訳ではないのです。

膝や股関節の「痛み」と腰の「痛み」は違う「痛み」でありましょうか。

私には腰痛の時と同じ過ちを繰り返しているとしか思えないのであります。

画像所見上の異常(軟骨の磨耗、骨棘)=「痛み」ではなく、画像所見上の異常というのは不安と恐怖の種であり、「痛み」を慢性化させるシンボルであります。

このようにして「痛み」の暗示、イメージによる不安や恐怖は負のサイクルとなって慢性疼痛という新しい「痛み」をつくるのであります。

「痛み」の一次的慢性化は日常生活の感情に起因し、二次的慢性化は「痛み」そのものに対する感情に起因するのであります。

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