体の「痛み」に対する恐怖心を克服する方法

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体の「痛み」に対する恐怖心を克服するには「痛み」の懐に飛び込むことです。

恐怖心は逃げれば逃げるほど追いかけてくるのであります。

どんな武術の達人でも離れていては相手を倒すことはできません。

「痛み」に近づき、正面からジッと見つめ、懐に飛び込んで一刀両断するのであります。

しかし、本当の相手は「痛み」ではなく未だ起こらないことへの恐怖心であり取り越し苦労であります。

「痛み」は敵か味方か

皆さんにとって「痛み」とは倒すべき相手、憎き敵でありましょうか。

薬やあらゆる物質、物理療法、心理療法を使いねじ伏せ、排除しなければいけない邪魔者でありましょうか。

「痛み」とは本来、体と心の不調を知らるシグナルであり、治癒の過程を知らせる証であります。

運動後の筋肉の「痛み」は壊れた筋肉を修復している証であります。

ウィルスに感染し熱を発するのはウィルスを死滅させている証であります。

「痛み」も熱も今まさに生命による治癒が行われている証であり、治癒が完了すれば、我々はさらなる強靭な肉体、さらなる免疫力を得るのであります。

いうなれば「痛み」とはなお一層良くなるための過程であり、最終段階であります。

「痛み」は我々に体と心の不調を知らせるメッセンジャーであり、さらなる力と気づきを与えてくれる盟友であり、教師であります。

「痛み」を恐れることなかれ、敵対するなかれ、邪魔者扱いするなかれであります。

未だ「痛み」にあらざる状態とは

中医学に未病という考え方があります。

未病とは、未だ病にあらざる状態、はっきりした症状が現れる前の段階であります。

体の「痛み」に置き換えれば未痛の状態であります。

未痛の状態、つまり、「痛み」が現れる前の段階とは、肉体的に言えば、凝りや違和感、こわばりや張りであります。

精神的な見方をすれば、凝りとは執着心、こだわる心、違和感は不調和、こわばりは不安や恐怖、張りは気が休まらない、気が張っている状態であります。

皆さんは「痛み」という症状に注目しがちですが、本当は、これらの未だ「痛み」にあらざる心と体の状態に注目していただきたいのであります。

忙しい時、気が張っている時はこの未痛の状態に気づかなかったり、気づいても後回しにしてしまうのであります。

こういう時には「痛み」もチャンと空気を読んで、休日や、仕事がひと段落ついてホッとした時に急いで知らせてくれるのであります。

未痛の状態に気づけば、急な痛みというのはないのであって、急に痛くなるというのは未痛の状態に気づかないか、気づかないふりをした結果であります。

ですから、「痛み」を感じにくい人、未痛の状態に気づかない人の方が後でガツンとくるのであります。

肩こりも自覚症状のない人ほど、急に五十肩や背中痛、頭痛や首痛となって現れるのであり、たいがい症状も重いのであります。 

私は、病気とは症状が現れる前の段階、未病の状態が「本来の病の状態」であり、症状とは「病」を修正し、治癒する力が働いている状態と考えるのであります。

「痛み」に対する恐怖心を克服する方法

「痛み」に対する恐怖心というのは未来の「痛み」に対する恐怖心であります。

また痛くなったらどうしよう、もっと痛くなったらどうしよう、とういう予測、イメージ(想像力)による恐怖であります。

エミール・クーエの言葉によりますと、想像力は意思よりも強しでありますから、どんなに努力しても、「痛み」に対するイメージを変えなければ恐怖心を克服することはできないのであります。

想像力と意志力が衝突し、対立する場合、勝利をおさめるのは常に想像力の方である。このことにいかなる例外もない。

エミール・クーエ

幅10センチ、高さ120センチの平均台は渡れても、空中20メートルの高さに吊り下げた幅10センチの板の上は(恐怖を想像した瞬間に)渡ろうと努力しても足が震えて渡れないのであります。

「痛み」のイメージを変える

「痛み」に対するイメージを変えるには、「痛み」の本質を知ることであります。

「痛み」の懐に入るとはこのことであります。

「痛み」に自ら近づき、正面からジッと見つめて「痛み」の正体、本質を見極めるのであります。

「痛み」は我々を苦しめ、悩ませ、恐怖心を抱かせる存在、あるいは天罰であるかのごとく見えるのは仮の姿、心の迷いであります。

「痛み」により、ある人は健康の有難さを知り、ある人は家族の愛、人の親切心を知り、ある人は自分の生命の偉大な力に気づき、ある人は自分に向き合い人生観、死生観を変えるのである。

そこに芽生えるのは恐怖心などではなく、健康、父母、夫、妻、家族、仲間、自分の生命への感謝の心であります。

「痛み」とういう症状は少々手荒い時もあるが、日々積み重なったの心と体の不調を軌道修正するための浄化作用、禊であると考えれば有難くも思えてくるのであります。

北風と太陽の話というのがありますが、北風のように力技で無理やり治そうと思えば思うほど治らないのであって、心と体が調和し、痛む必要がなくなれば自ずと「痛み」は消えるのであります。

「痛み」を感じた時はすでに治癒の最終過程である、一層良くなる過程であると思うことが「痛み」に対する恐怖をこじらせないコツであります。

私は、あなたに蝉が殻を脱ぎ捨て大空に羽ばたくがごとく、蝶がさなぎから羽化し自由に舞うがごとく、今すぐ「痛み」の恐怖心を脱ぎ捨てて自由と希望、心の平和を手に入れていただきたいと切に願うのであります。

「痛み」を恐れることなかれ、敵対するなかれ、邪魔者扱いするなかれであります。

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