「痛み」と環境を変える言葉

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これは、痛みに悩み、不安や恐怖と闘っている人、今まさに痛みを克服せんと起ち上がった人を叱咤激励、鼓舞する言葉であります。

それぞれの人の顔を思い描きながらフト思ったことを書きとめたものでありますから、感情的であり、抽象的であります。

ご自身の「痛み」と照らし合わせ、それぞれ自由に感じていただければ幸いであります。

痛みを克服することの意義

引っ越し、転職、結婚、出産など、環境、人間関係が変わり痛みが消えたという人もいれば、逆に痛くなったという人もいる。

痛みと環境、人間関係は密接に関係しているのであります。

然し、よく観察してみると、環境、人間関係、痛みというものは、ものの見方や感情の作用・反作用、原因・結果として現象に現れていることがわかるのであります。

ものの見方、感情が変わると痛みだけではなく環境、人間関係も変わるのであります。

楽天的な見方になれば同じ環境でも違った景色に見えるのであります。

暗い景色が明るい景色に見えるようになれば、言葉も、表情も、行動も自然に変わり、実際に環境も、人間関係も好転するのであります。

平和な心、感謝する心、楽しい、嬉しいという善い感情が芽生えてくれば、怒りや不安、悲しみなどの陰性感情の現れである肉体の痛みは自然に消滅するのであります。

明るいものの見方、善い感情の力を使い痛みを克服しようとする場合において、症状だけではなく、環境や人間関係も好転するというのは一つの法則であります。

痛みがあること、痛みを克服することを無意義、無価値と考えるのは誤りであります。

痛みを克服するということは明るいものの見方、善い感情の法則を身につけ、手に入れるということであります。

明るいものの見方、善い感情というのは幸福の別名であります。

自分を活かす人

人は渋滞に巻き込まれた時、あぁ、他の道を行けば良かったと後悔したり、イライラするのであります。

然し、渋滞に巻き込まれたが故に、事故に遭わなかったという場合もあるのであります。

渋滞であるが故に、家族や恋人、友人と普段話せないことも話すことができるのである。

渋滞であるが故に、今まで気づかなかった風景を眺めることができるのである。

渋滞を嘆く心が、渋滞なお善しという心に変わった時に同じ環境が違う環境に変化するのであります。

痛みを嘆く心が、痛みなお善しという心に変わった時に景色が変わり、治癒が始まるのであります。

水は自由自在であります。

四角い入れ物に入れれば四角くなり、円い入れ物に入れれば円くなる。

冷たく固い氷にもなり、熱い水蒸気となって物を動かすエネルギーにもなる。

水蒸気はやがて雲になり、雲は雨となって地を潤す。

自由自在な人とは、時に従い、処に従いながらも自分を活かす人のことであります。

全て善し。全て可なり。

痛みの真実

幸福を感じる生活、感謝の生活がハッピーホルモンを分泌させ痛みを和らげるというが、なぜ幸福感がホルモンの分泌と関係があるかは未だわからない。

真実は理屈ではない。

後付けの理屈なら掃いて捨てるほどある。

時代とともに理屈や常識は変わるが、真実は変わらない。

我々はただ幸福を感じる生活、感謝の生活が痛みを癒すという真実を知り、ただ実践し、ただ生活に活かすのである。

理論、理屈好きの男性よりも、感情、感受性豊かな女性の方が真実の全体像をパッと掴むのである。

ひねくれ者よりも素直な人の方が真実をパッと掴むのである。

数式で感動は表せぬ。

どんなに優秀な科学者であっても、幸福や感謝の心を数式で解くことはできないのである。

痛みさえなければ

「痛みさえなければ」という人がいるが、痛みさえなければ本当に幸せなのだろうか。

そのような人は痛みがなくなった時でも、もっと時間があれば、もっとお金があれば、もっと環境がよければ、あの人さえいなければと言っていないだろうか。

一体、誰の人生であるか。

我々は、痛みの中に光を見つけ、忙しさの中に安らぎを見つけ、一見劣悪と思える環境の中でさえも幸福を見つけるのである。

光を見れば光となり、闇を見れば闇となる。

自己治癒力

自分の頭の上にあるメガネに気づかずメガネがないと騒ぐ人がいる。

騒いだ挙句、メガネがなくなったのはお前のせいだと他人を罵る人もいる。

暗闇の中では、自分の手元に水の入ったコップがあっても見つけることができない。

見つけることができなければ、喉の乾きを潤すことはできないのである。

見えないからないのではない。

暗くて気がつかないだけである。

近すぎて気がつかないだけである。

あなたがずっと探し求めている鍵はポケットに入っているではないか。

ずっと肌身離さず握っているではないか。

いつでも答えは自分の中にあるのであり、外に答えを求めても、そこには何もナイのである。

あなたは自分の生命力、自己治癒力に気づいていますか。

希望の道標

一見ゴツゴツした岩でも中にダイヤがあると信じるものは躊躇なく岩を砕きダイヤを手に入れるのである。

今ダイヤが見えなくとも嘆くなかれ、ダイヤの入った岩を砕けば必ずダイヤは出てくるのである。

砕いてなければ他の岩を砕くまでだ。

進め、進め、砕け、砕け。

我々は己の人生を開拓する実践者である。

評論家の意見に振りまわされるな。

ないというものは砕いたことがない者だ。

ニセモノの自分に惑わされるな。

あなたは失敗を後悔し嘆き続けるのか、それとも失敗を希望の道標にして突き進むのか。

あなたは悲劇の主人公を望むのか、それとも周りを励まし、勇気と希望を与える主人公を望むのか。

「今」覚悟を決めよ。

疑いも不安も心配も要らぬ。

よく見よ。あなたは独りではないのである。

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