体の「痛み」の治癒を妨げるもの

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本来、人には「痛み」や病を治す力、自然治癒力というものが備わっている。

この自然治癒力というものは一瞬たりとも休むことなく常に体を治そう、善くしようと働いている。

あなたが起きている時も、寝ている時も、「痛み」に苦しんでいる時も常に「健康にしよう」「治そう」と全力で頑張っているのであります。

私たちは、この「善くしようとする働き」「健康になろうとする働き」によって、はじめて健全な肉体を維持することができるのです。

ただし、「治そうとする力」の対極には「治させまいとする力」というものがあり「痛み」や病の治癒を妨げるのであります。

したがって、「治そうとする力」がいくら頑張っても「治させまいとする力」が抵抗している時はなかなか治らないということになるのであります。

「痛み」の治癒を妨げるもの

「痛み」のつらさは痛む時間、長さに比例します。

一瞬の痛みより何日も続く痛み、何年も続く痛みの方がより深刻なのであります。

この「痛みの長さ」「痛みの慢性化」は何によって決まるのか。

「治す力」の対極にある「治させまいとする力」とは何なのか。

 

本来、人の体は「善くしようとする働き」はあっても「悪くしようとする働き」はないのであります。

 

善くしようとする自然の働きに対する善くさせまいとする人為的な働きこそが「治させまいとする力」の正体なのであります。

 

体の「痛み」を治すものという記事でお伝えしたプラシーボ効果というものがあります。

これは、薬学的に効果のない偽物の薬でも「効く」と思って飲めば実際に「痛み」や病気が善くなるというものです。

このプラシーボ効果がマイナス面に働き、偽物の薬を飲んで副作用がでるという現象をノーシーボ効果といいます。

「薬には副作用がある」という思い込みが偽物の薬にもかかわらず吐き気などの症状や他の病気を招くというものです。

思い込み、暗示の効果、心の作用は良い面にも悪い面にも同じように作用するということであります。

「痛み」の治癒を妨げる思考

「痛み」や病は肉体の物質的な反応であり、物質的な反応は薬などの物質によって治るのだという考えの方もいらっしゃるとおもいます。

しかし、この考えがすでに「痛みや病気は物質でなければ治らない」という思い込み、暗示であります。

これは薬や物理的な治療法を否定するものではありません。

薬や様々な治療法は有効に活用すれば治癒の助けになることは周知の事実です。

治癒の妨げになるのは「物質にこだわる心」なのです。

物質にこだわる心、物質に偏る心、物質への執着心というものが「痛み」を悪化させ、慢性化させるのであります。

 

薬を飲まなければ治らない。

手術をしなければ治らない。

サプリメントを飲まなければ治らない。

食事に気をつけなければ治らない。

サポーターやコルセットをしなければ治らない。

というのは物質に依存するということであります。

物質に依存するということは、物質に支配されるということであります。

 

あくまでも主は自分の心であり、物質は従なのであります。

物質は自分の「治す力」を引き出すためのものであり、物質が治すのではないのです。

 

自分の外に解決する方法があるという信念が薬物依存症、物質依存症という新たな症状を引き起こすのであります。

「痛み」は自分の内にある「治す力」が治すのだという信念を持ち、薬や治療法は自分の内にある「治す力」を引き出すキッカケであり、補助であり、緩和材であるというのが物質に偏らない心であります。

「痛み」の治癒を妨げる暗示

腰痛分野の研究では不安や恐怖・怒り・悲しみなどの感情、心の作用が「痛み」を引き起こし、長引かせる要因であるということを科学的に証明したのであります。

プラシーボ効果、ノーシーボ効果では思い込みや暗示が物理的にありえない作用、副作用をつくりだすということを証明したのであります。

このことからも「痛みや病気は心の作用である」ということがわかるのであります。

肉体は心の現れである。

ふと、気がつくと、私たちの日常のはいかに不安・恐怖・怒り・悲しみを暗示させるもので溢れかえっているのかがわかるのであります。

 

毎日目にするニュースはまさに、不安・恐怖・怒り・悲しみに溢れた情報の塊である。

ニュースは、よりインパクトのある情報、より過激な情報、より極端な情報でなければ誰も見向きもしない。

発信する側もこのへんのことはチャンとわきまえているので、ますます過激さはエスカレートしていくのであります。

 

テレビをつければ健康番組や薬のCMが放映されている。

ネットを見れば新しい健康情報が拡散されている。

本屋に行けば食事や運動、治療法など健康関連の本で賑わっている。

これらの健康情報では必ず「危険な症状」「危険な病気」を紹介し、「あなたも危険ですよ」と暗に不安と恐怖の種を植え付けているのであります。

 

そして、私たちがもっとも注意しなければいけないのは医師や博士、研究者などの権威者の発言であります。

権威というものには影響力がある。

権威者の一言は矢が胸に突き刺さるように深く心に突き刺さり、深く心に刻まれる。

権威者の目立ちたい、認められたいという自己満足のために発せられたコトバ、何気ないコトバでさえもその影響力は計り知れないのであります。

 

「痛み」、病気の根本原因というものは物質的に解明されていない。

解明されていないからこそ「痛み」や病気の一部分、一側面を切り取って大げさに、極端に、過激に表現することができるのである。

 

これらの情報を見た人、聞いた人は日常のちょっとした不調や疲れ、「痛み」でも不安になり気になってしまうのであります。

そしてまた不安を打ち消すために、不安や恐怖の種を植え付ける情報を探し出すのである。

まさに情報の悪循環であります。

この情報の悪循環により不安の種、恐怖の暗示が心に強く印象された時、「痛み」や病となり肉体に現れるのであります。

 

誰でも毎日、毎時、毎分、四苦と呼ばれる生老病死(生活苦の恐怖・老いる恐怖・病の恐怖・死の恐怖)を巧みに刺激されたらたまらないのであります。

それが今の現状なのであります。

慢性疼痛・慢性の病気は医原病であり、権威病であり、情報病でもある。

つまり人工の病、人為的な病なのである。

健康になりたいと思って健康情報を調べれば調べるほど、そこに記されているのは不健康にするための不安や恐怖の暗示なのであります。

「痛み」の治癒を妨げるコトバ

コトバ・声・文字には強力な力がある。

「病名が病気をつくる」とはまさにコトバの力によるものであります。

病院で「あなたは◯◯病です。」と医師に言われれば自分にも「私は◯◯病なんだ」と言い聞かせ、家族や知人にも◯◯病であることを告げる。

無意識のうちに◯◯病なのだから◯◯病のようにふるまわなければいけないと思い込む。

別の医師に「大丈夫です。」と言われても◯◯病が頭から離れない。

結局、原因不明の◯◯病になってしまう。

ちょっとした不調も難しい病名が告げられた瞬間に何か難しい病気になってしまうのであります。

 

腰痛症とは腰が痛い症状という意味である。

それ以上でもそれ以下でもない。

それが、痛みの原因を画像上の骨の異常や症状によって細分化し、難しい病名をつけたとたんに治り難い腰痛になってしまうのであります。

レントゲンの画像を見せられて、「あなたは脊柱管狭窄症です。」「あなたは腰椎椎間板ヘルニアです。」「あなたは座骨神経痛です。」「あなたは腰椎分離症です。」と言われたらどうだろう。

何か体に重大な欠陥がある重い病、治り難い痛みに感じないだろうか。

さらに、こう続くのであります。

「重いものを持ってはいけません。」

「原因は不明です。」

「悪化したら手術をしなければいけません。」

「手術をしても痺れが残る可能性があります。」

「一生つきあうしかありません。」

「今の仕事を変えなければ治りません。」

などと深刻な表情で言われたら患者はどう感じるでありましょうか。

なぜか病院に行く前より症状が悪化したような気になり、腰が「痛い」という事実よりも不安や恐怖による苦痛の方が大きくなるのではないだろうか。

「専門家であり権威者である医師が言うのだから間違いはない。」と信じるしかないのであり、実際に信じたとおりの症状になるのであります。

 

今ではありえない話だが、チョット前までは日常的にありえた話である。

(否、変形性膝関節症、変形性股関節症など名称を変えて現在も存在するのであります。)

 

現在では腰痛の悪化や慢性化には不安や恐怖が深く関係しているということが科学的に証明されている。

「コトバが病気をつくる」笑うに笑えない話であります。

 

他にもこのような話があります。

ある時、変形性膝関節症の女性から「私の膝痛は近所でも有名なんだけど、そちらで治せますか?」という問い合わせがあったのであります。

つまり、挑戦状であります。

このような場合、残念ながら治らないのであります。

治ったら本人が困るのであります。

なぜなら、何年もかけて家族、近所、職場で「私は膝が痛い。」と自分にも周りにも言い聞かせてきたのである。

もう、膝の痛みはその人の個性、キャラクターになっているのであります。

つらい痛みは治したいという気持ちはあるのかもしれないが、完全に治ったら今まで築き上げてきた個性と、近所で有名である、どんな名医、治療家でも治せないというステータスが崩れるのであります。

また、今まで膝が痛いということでいろいろ気遣ってくれていた家族や近所の人たちの態度も変わるかもしれない。

つまり、治ったら困るのだ。

治ったら、ある種の敗北感を感じてしまうのであります。

 

「膝が痛い。」というコトバを繰り返すうちにコトバが環境を作り、コトバが自分を縛ってしまう。

コトバが「私=膝が痛い人」という個性を作り、近所でも有名というステータスを作り上げるのであります。

「最近、膝の調子はどう?」

と聞かれるたびに膝に意識を向け、痛みに注目せざるをえない状況を作ったのもコトバであり、引くに引けない状況を作ったのもコトバであります。

 

コトバ・声・文字には強力な力があるのであります。

自分の何気ないコトバ、医師や治療家、権威者のコトバ、健康情報のコトバを侮ってはいけないのであります。

善いコトバを発すれば善い力が働き、悪いコトバを発すれば悪い力が働くのです。

本を読むだけで治るという読書療法はまさに「善いコトバ」による治療法なのであります。

不治の病も「治る」というコトバが広がれば、治る人が増えるだけでなく、病気そのものに罹る人が少なくなるのであります。

治る人が増えるだけでなく、病気そのものに罹る人が少なくなるというのは、特効薬の作用や環境の変化だけでは説明することはできないのであります。

「痛い」「治らない」というコトバを常に発するということは、「痛い」「治らない」という暗示を深く心に刻むことであり、深く刻まれたコトバは心の作用によって肉体に現れるのであります。

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