体の「痛み」を癒すポジティブな心

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なかなか治らない「痛み」というものは憂鬱なものです。

「また今日も痛くなりそう。」

「痛みがひどくなったらどうしよう。」

「仕事に行きたくない。」

「何もしたくない。」

朝という1日の始まりに真っ先に思うことが「痛み」のことだという人もいます。

また、「痛み」で目が覚める人「痛み」で熟睡できない人も多いのであります。

不安、恐怖、怒り、悲しみというものが「痛み」をつくるのと同じように「痛み」も不安や憂鬱な気分をつくるのであります。

毎日続く不快な気分、憂鬱な気分というのは思考も行動も消極的にし、その人の日常生活までも変えてしまうのです。

「痛み」を癒すボジティブな心

慢性の痛みというものは、いつも「痛み」というものが頭にあり、毎日少しづつ肉体と心を疲弊させていくのであります。

ここに「痛み」と「憂鬱」の相乗作用が働くのであります。

 

医師や治療家にいくら「前向きに頑張ってください。」と言われてもなかなかできることではありません。

他人に押しつけられた前向きというものは結果が伴わなければ心が折れてしまうのであります。

そうかといって自分で無理やりポジティブな思考、ポジティブな感情、ポジティブな行動というものを押し付けても一時的な高揚感は生まれるかもしれないが、熱が冷めれば何か虚しい感じがするのであります。

「痛み」や「憂鬱」を克服、消滅、癒すためには、一般的に言われている「ポジティブ思考」ではなく「ボジティブ・マインド」「ポジティブな 心」でなければならないのであります。

「痛み」とポジティブ思考

激痛、痛烈な痛みは勿論でありますが、繰り返される痛み、持続する痛みというのも耐え難い痛みであります。

本来、プラス思考、ポジティブ思考の人であっても繰り返される痛み、持続する痛みによって知らず知らずにネガティブな思考、「憂鬱」に陥りやすいものです。

ここでいうポジティブ思考とは肯定的、積極的、前向きな考え、プラス思考であり、ネガティブ思考とは否定的、消極的、後ろ向きな考え、マイナス思考という意味であります。

心と肉体は相対の関係でありますから、心が肉体に作用するのと同じように肉体もまた心に作用するのであります。

アメリカの心理学者William Jamesは「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのだ。嬉しいから笑うのではなく、笑うから嬉しいのである。」という言葉を残しています。

これは肉体の変化が心に作用するという側面を端的に表している言葉であります。

実際に、ポジティブな言葉、ポジティブな行動というものは心に作用し「痛み」や症状を回復する力があります。

しかし、ポジティブな言葉、ポジティブな行動に結果が伴わない場合は逆に作用し、ネガティブな思考に陥る人が多いのもまた事実であります。

「痛み」に対して積極的に取り組み、結果がでれば問題はないが、結果がでなければ

「どうせ何をやっても無駄だ。」

「どうせ自分には無理だ。」

というネガティブ思考を一層深め、自分で自分を傷つける結果になるのです。

 

「ポジティブ」という言葉に「ネガティブ」なイメージを抱いている人はまさにこの経験によるものなのであります。

これは、ポジティブ思考というものが一時的、表面的な性質のものであるからであります。

ポジティブ思考とポジティブな心

中医学には本治と標治という考え方があります。

「本」とは病気の本質、原因、「標」とは病気の症状のことです。

病気の症状「標」を一時的に治しても、本当の原因、問題点である「本」を治さなければ、また病気は再発するのであります。

いくら病原菌やウイルス(表面的な原因)を殺菌しても体が弱っている状態(本質的な原因)を治さなければ何度でも症状を繰り返すということです。

ポジティブ思考を表面上の問題を解決する「標治」とするならばポジティブな心とは本質的な問題を解決する「本治」であります。

言い換えれるとするならば、対処療法と根本療法、表層意識と深層意識、現象と本質の違いと言えるのであります。

ポジティブな心、ネガティブな心とは

ここでいうポジティブな心、ポジテブマインドとは他者とのつながり、一体感を大切にする心、一体感を感じる心のことであります。

自分と他者、全てのものは一体であり、同じ生命であるという意識からくる利他心、思いやりの心、親切心、感謝の心であります。

一体感とはアドラー心理学における「共同体感覚」とも言えます。

「共同体感覚」とは、全てのもの(人)は同じ共同体であり、自分はその共同体の一員であるという自覚、意識、所属感のことであります。

この自他一体感の自覚から、安心感、信頼感、貢献感(利他心)というものが生まれるのです。

 

ポジティブな心、一体感の心とは孤独の対極にあり、懐かしさ、温かさ、穏やかさ、守られている安心感、生かされている幸福感であります。

このポジティブな心から自然発生する思考、明るく晴れやかな思考、希望に向かう思考が真のポジティブ思考であります。

例えるならばポジティブ思考は真っ赤な熱い炎であり、ポジティブな心とはオレンジ色の温かい春の日差しであります。

「ポジティブな心」のない偽のポジティブ思考、情熱、高揚感というものは一時的には成功するかもしれないが、結局は虚しさ、寂しさ、罪悪感、不幸感により崩壊するのであります。

偽ポジティブ思考、偽ポジティブ行動を実践して成功しても虚しい感じがするのはそこにポジティブな心がないからであります。

 

一方、ネガティブな心とは、他者とのつながり、一体感を拒絶する心、孤独で自己中心的な心、閉ざされた心といえるのであります。

ネガティブな心のままでも、偽ポジティブ思考によって成功し、富を得ることもできるのでありますが、どんなに成功し、富を得ても、孤独を感じて自殺する人が絶えないのはこのためであります。

慢性の「痛み」とポジティブな心

この記事をご覧になっている人のなかには慢性の痛み、病で苦しんでいる人、「痛み」と同時に孤独感と闘っている人もいるかもしれません。

あらゆる治療法を試して挫折している人、ポジティブ思考に疲れた人、虚しさを感じている人もいるかもしれません。

 

本人にしかわからない苦しみ、悲しみ、怒り、不安、寂しさというものが孤独感となり、ネガティブな心に偏っている人もいるかもしれません。

誰かの心ない言葉、しぐさ、行動があなたを傷つけ、ポジティブな心を曇らせているかもしれません。

たとえ、そうだとしても、自分を偽って努力したり、無理に前向きになる必要はありません。

 

大切なのは「ポジティブな心」なのであります。

苦しい時、孤独を感じた時は心静かに自他との一体感、ポジティブな心を意識し感じてください。

 

あなたは一人ではないのであります。

あなたは孤独ではないのであります。

 

どんなに長く続く「痛み」や病でもあなたがポジティブな心を忘れない限り、否、いついかなる時でも家族や仲間、共同体、生命の友は決してあなたを孤独にはしないのであります。

孤独感、否定的思考、憎しみ、悲しみ、寂しさ、という心のフィルターを外して真実を見つめてください。

あなたは守られているのです。

あなたは愛されているのです。

あなたを必要としている人がいるのです。

心のフィルターを外した時、活路や希望、喜びや幸福はあなたの内にあり、あなたが見つけるのをずっと待っていたことに気づくのであります。

 

あなたがポジティブな心に気づいた瞬間に、自然に湧き上がる暖かい感情、明るい感情、幸福感から生み出される肯定的、積極的思考こそが真のポジティブ思考であり真のプラス思考なのであります。

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